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2006.06.22

デジタル一眼レフがくれるもの、失ったもの

僕は昨年末にEOS KISS デジタルとレンズを2本購入した
小型のデジカメのレスポンスの悪さ、AFの速度と精度に我慢できなくなったからだ

素人の僕には充分すぎる性能で撮影する喜びと、難しさの両方を与えてくれた。
すばらしい製品だと断言できる

しかし失ってしまったものがある
それはシャッターを押す緊張感だ。
狙いすました渾身の1枚という撮影方法は皆無になった

高校生の頃、父のNIKONを借りて撮影していた頃の1枚は大事に大事に撮影した
お金を節約する意味でモノクロフィルムを使い、写真部の暗室を借りて一枚一枚現像した。赤いランプの灯る酸っぱい臭いが今も鼻腔の奥に甦る
あのころは月に50枚撮影しなかったと思う

そして今、1GBのCFには800枚の画像がため込める。先日1日の撮影枚数がこれでは足りずにもう一枚、1GBのCFを買い足したところだ
バスケットボールの撮影に行くと連写の嵐になる
狙ってからシャッターを押してはワンテンポ遅い絵になる
そこでこの辺に来るだろう、いい顔になるだろう、いいシーンになるだろうと思う場所にレンズを向け予測AFに全てを託しシャッターボタンは押しっぱなし
モーターが軽快な音でミラーを跳ね上げ、元に戻す動作を繰り返す
僕は写真を撮っているのだろうか、ふとそんな気持ちになることもある

そんな撮り方で、できあがった写真の多くはぜんぜんだめだ、そりゃそうだよね
デジカメは動物の目ではない。
それを補うように撮影者が設定値と魂を入れ込むからいい写真になるんだ、きっと

ただ、物量がもたらす効果で数十枚に一枚、はっとするようにいいのが写っていることがある
自分で言うのもなんだが、ものすごくいいやつだ
息を止めてシャッターチャンスを待つ手法では絶対に狙えないような絵が撮れる

それは僕の腕じゃないって、カメラの性能と偶然の神様が与えてくれるご褒美なのかもしれない。
僕はそれがなければ写真を撮り続けることをとっくに投げ出していたかもしれない。

そんなわけで、デジカメが主流になりつつある今日、銀盤カメラの根強い愛好者がまだまだいるのもわかる気がする。
僕にはデジタルが合っている、それは十二分にわかっているのだけど昔触っていたNIKONの雰囲気も又忘れることが出来ない。

僕はあたらしぶっているけど古い人間なのかもしれない

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コメント

私もデジタル一眼で悩んでます。
ずっとNikon党
①ニコマートFTn
②ニコンFA
③ニコンF3
④ニコンF801
⑤ニコンF100
と使ってきました。②のFA以外は家にあります。

D200にぐらっと来てますが躊躇しています。
進化の早いデジカメ。すぐに陳腐化するのでは?
それと電子機器につき10年持たないのでは?
F3は後にF4,F5(今はF6)が出ても20年位の長期にわたり販売されました。

実家にはまだ引き伸ばし機があります。使えるだろうか?
学生時代にバイトで買いました。
氷酢酸の匂い、赤いランプ懐かしい。

投稿: むねちゃん | 2006.06.25 11:38

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