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2005.07.31

台風と飛行機の競争

先日、西から横浜に戻るのに台風7号が接近中だった
夜から深夜にかけての上陸らしい
夕方に仕事が終わるのでそこから新幹線で帰るか、飛行機で飛ぶか、はたまた一泊して台風をやり過ごすかだ

天気図とにらめっこして、東京近辺に接近するのが21時頃と読んだ
となると新幹線なら大雨や強風で速度制限がかかったり冠水で止まってしまうことを考えると
19時には到着していたい。線路の一部でも被害があると全線に影響が出てしまうのが鉄道のデメリット
かかる時間も3時間程度から逆算すると16時には乗車していないとまずそうだ。
かたや飛行機は飛行時間が短く、途中の状態が悪くとも出発地と到着地の天候が許容範囲なら運行に支障は出ない。
ただし今回は羽田空港直撃が考えられるから、羽田着19時がやはりぎりぎりの線だ
台風をやり過ごすホテルの手配もした。

結局この3枚のカードから僕は飛行機を選んだ。
時間が遅くなるとやはり風雨が心配だ。新幹線の中で空調の利かない中十数時間かんずめのニュースを見るが自分は体験したくない。
もうひとつ、右側の座席から相模湾に接近中の台風の雲を見られるかもしれないとなんとも子供のような発想をしたらかでもある
結果は雲はうまくみれず、気流の荒れているだろうという雲たちが見れたに終わり、台風の渦巻きは見られなかった。
期待していたほど飛行機も揺れなかったが、34Lにランディングする際にはかなり風が強く、滑走路に機軸を向けるのに結構苦労している感じを受けた。
着陸後、ツアーの年輩の女性達から拍手が沸き上がった。
みんな心配してたんだね(笑)

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2005.07.27

次女が一日2回救急車で搬送・・・

日曜日の昼間、娘が救急車で搬送された
実は僕は仕事で日曜日中に出張先に移動しなければいけなかった。
一度は仕事をあきらめかけたが、病院から帰ってきて少し状況が安定したこと、工事の申請用紙など6人の班の書類を全て僕が持っていたり、現場で指示を出さなければいけないこと、もう大丈夫だからと妻が言ってくれたことから、その日の夕方の飛行機で後ろ髪を引かれながらも西に飛んだ

やはり気になってメールで状況を聞きながら2泊3日の出張の業務をこなして昨日帰宅した
おどろいた・・・
日曜の夜中、再度次女が具合が悪化し、痙攣をしだし救急車で搬送されたとのことだ。さらに三女も発熱し、40.1℃まで上がったという。
心配をかけないように長女・妻、実家の母は状況は僕に内緒にしていたという・・・・
次女は今度は近くの救急病院に搬送され、処置が終わることには意識がはっきり戻り適切な処置を受けて帰ってきたという。

確かに僕が知ったら出張先から仕事を調整して飛んで帰った可能性がある。
まして昨日は台風の関東上陸で交通機関の確保が難しい状態だったから、場合によっては帰れない可能性さえあった。
でも・・・知らなかった自分がなんとも情けなく、すまないという気持ちと、やはり教えて欲しかった気持ちが交錯した。

昨夜、台風上陸前の飛行機でなんとか羽田に戻れた僕を迎えたのは、37度台でちょっと全快ではない次女と三女だ。玄関までにこにこお出迎えしてくれた。どうやら峠は越えたようだ。
二人でおもちゃの取り合いをしていた。安心して畳に腰を下ろすと三女が僕のヒザにちょこんと座ってきた。
とりあえず、よかった・・・・

しかし僕の不在にこんなことになるのはなんとかならない物だろうか・・・
ならないんだろうね・・・
原因はヘルパンギーナという感染症だとのこと・・・小さいお子さんをお持ちのかたは参考にしてください。

治ったから結果オーライなんだろうけど寿命が短くなるよ。
奔走した妻と母にご苦労様といいたい。
心配してくださったみなさん、とりあえず大丈夫でした・・・ありがとうございました

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2005.07.26

次女が救急車で緊急搬送・・・

日曜日、午前中に義父のお墓を申し込みに行き、帰ってきたら次女が急に具合が悪なった。
目は開いているが呼びかけに急に反応しなくなりぐったりしてしまった。熱が出ている
妻は迷わず救急車を呼んだ。ほどなく到着した救急車はなかなか発車しない
救急隊員が言うには意識レベルが低い子供は受け入れてくれる病院が少ないそうだ。
家の前で受け入れ先の病院を探す救急車の中で酸素マスクをあてがわれている2歳の娘を見ながら
不安と自己に降りかかる数々の試練にうんざりしていた。

幸い娘は搬送中の救急車の中で意識を戻し、熱こそあれ呼びかけにも答えるようになった。
どうやら急に高熱が出て意識がモウロウとしていたようだ。
意識レベルが低い状態で、担当医がいながらいくつもの病院が受入を断る中、
みなとみらいの病院に搬送された。

妻と次女を先に救急車で行かせた後、一人車を走らせ病院に向かう中で自分のざらついた
気持ちはなんと表現していいかわからない。

健康で幸せな生活を送っていても、あっという間にそうでなくなってしまう。
薄い氷の上を歩いているような気がする。

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2005.07.23

義父の部屋を片づけて・・・

先月亡くなった義父の部屋を休みの度に少しずつ片づけていた
だいぶ片づいて、あとは大物の搬出と処理が残っていた
ずるずると決めかねていたが、今日ネットで検索して見つけた
粗大ゴミ処理やさんにお願いして即日来てもらった。

搬出後、がらんとした部屋はやはり寂しいものがある。

ところで、最近は忙しくてBlog更新が週一になってしまっている。

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2005.07.18

僕の3連休・・・

世間では3連休だったそうですね
それはよかった・・・

土曜日:出社
日曜日:朝電話がかかってきて夜に大阪で徹夜をすることになる。昼過ぎの新幹線に飛び乗る
月曜日:無事仕事がおわり新幹線で横浜に・・・家にたどり着いて爆睡

結局なにもできない3連休だった・・・
残念!

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2005.07.10

仕事先でmacに出会った

打ち合わせ先の責任者の机の上にTFTモニターが設置してあった。それもアーム型で「へー、アームで使ってるなんて通だな」と思っていた。建築現場の事務所には不似合いな真っ白なフルサイズのキーボードが目に入った。「!」机の向こう側に背の高いアルミの輝きが覗いている・・・Powermac G5だ!
へー、こんなところでマックに出会うとは・・・現場で見かけたのは初めてじゃないかな。

別室の会議室で打ち合わせを始めるとき、僕はメモ代わりにPowerbookG4を出した。するとお客さんが話しかけてきた「いつのですか?」最初は何を言っているのかすぐ理解できなかったのだが。いつのPowerbookか聞いていることに気が付いた。「あっ、初期型なんですよ」「そうですか、僕はその次のモデルを持ってるんです」「そうなんですか、僕のは熱が凄くて大変ですけど」なんて、座って初めての会話がこれだ(笑)
その日の打ち合わせがスムーズに進むこと進むこと・・・

自分と同じ選択をした相手を認めないわけに行かないよね、この共有感
プロ用ツールを選んでよかった。

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2005.07.09

空の書斎と天体ショー

air002

午後の羽田空港第1ターミナルから北に向かう便を待つ。
めずらしく夕方からの移動になる。
そういえば第1ターミナルを利用するのは久しぶりだ。

欧州製の一つ前の世代のワイドボディーを持つ中型機はオレンジ色のラインが入ったカラーから白いボディーに赤い垂直尾翼へ化粧直しをしていた。風は横風、着陸便は22滑走路を使っていたが、離陸は16Lからだ。数機の順番待ちの後大地を蹴って南へ離陸した機体はゆっくりと高度をあげていく。
離陸後、気流が悪いのか、なかなかベルトサインを消さない。
機内は3割程度の座席が埋まっているに過ぎない。僕はまんまと希望の後方窓側と、隣の空席を手にいて満足感に満たされている。だが航空会社は採算が取れないだろうなんて考えたりする。

結局巡航高度になってからベルトサインが消され、左手には雲に消える前の太陽が機内に明るく差し込み頬を照らす。
機内の暑苦しいチューブ式のヘッドフォンを外し、おもむろに鞄からPowerbookG4を出して、ipod shuffleから耳になじんだイヤフォンを外してPowerbookG4に差し込みituneを起動する。一昨日買った小田和正のアルバム「そうかな」を選び耳障りのいい曲を選択とする。
キーボードに向かい何気ない文章を書きながら、ほっと落ち着いた時間を手に入れる。
明るく差し込む太陽の光はPowerbookの操作に適しているとは言えないが、空にやってきた実感がそれをうち消してありあまる。

だれでもそうだろうが、僕も毎日時間と人間関係との調整に一日を費やしている。周りを気にして周囲に気を配って、時間に追われ、また沢山のお叱りを受け、一人で自分を見つめる時間を確保することが本当に難しい。だから僕は飛行機の座席で過ごすこの時間がとても好きで大切にしている。心から落ち着く。一人で過ごす至福の時、電話もかかってこない、誰も僕を呼ばない、誰とも話さなくていい。
だから僕は複数で飛行機を利用するときでも極力離れた窓側を一人で占用するように細工をする。

いいタイミングでキャビンアテンダントが飲み物のサービスを持ってきてくれた。僕はホットコーヒーをオーダーして隣の座席のテーブルを広げた。しばらく飲まないで置いておくとカップから香ばしい臭いが漂ってくる。
座席からはターボファンジェットのかすかな振動が背中を通して伝わり、低層の雲は魚のうろこのように規則的にびっしり並んですこしづつ後方に流れていく。西に傾いた太陽は主翼の影に重なり頬に日差しが当たらなくなった。まもなく雲の下へと沈んでいくことになる。
雲の隆起が横から照らす太陽の光により生じる影ではっきりと表情になる波のようであり、砂丘のようでもある。
遠くの雲は空との境がはっきりしない。青と白の間に赤とも茶ともいえない薄い乳白ががった層が延々と続いている。

右に旋回を始めると主翼の下から太陽が顔を出し、左の主翼の下から青空が覗く、そしてバンクを戻すと太陽はさっきの位置か後方にずれて主翼の影から外れて左側の窓にオレンジがかった光を再び差し込んできた。間もなく夕方から夜へ移り変わる自然の天体ショーが始まろうとしている。雲の明るい部分もオレンジがかった色に次第に変わってくる。
air001
やがて機体は高度を下げ始めた。太陽も雲の中に向かって徐々に沈んでいく。
まるで機体が雲の中に飛び込むのと競争するかのようだった。結局、機体が雲の中に入る前に、オレンジ色の太陽は雲の上端に触れると雲で上下に分断され、また繋がってから小さな光に代わり、やがて雲の中に全て飲み込まれていった。太陽が沈んだあたりには雲の上部がある幅でオレンジ色に縁取られて、いままさにそこに太陽が消えたことを示している。
そのとき機体は雲のやや上を降下していて、ゆっくりとした動きの雲が徐々に速度感を持ち出してきてやがて海に沈むように雲の中に飛び込んでしまった。

壮大な天体ショウは終了した。もっと見ていたい気持ちもあるが、いつか終わるから美しく、目が奪われてしまうのだろう。
限りある物が美しくはかないのかもしれない。

そんな事を考えていると、機体は雲の下に降下し、やがてフラップ、ランディングギアを出し目的地の滑走路へと向かっていく。

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2005.07.02

義父との別れ

急に義父が亡くなってしまった
一昨日通夜、昨日告別式と慌ただしく過ぎていってしまった

まだ若かったのに本当に残念だ・・・

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